消しゴムかけ忘れ

ノートの隅の忘れ物

覚えたがりで忘れたがり

最近、記憶の綻びがひどい。もともと長期記憶に関しては変なものばかり覚えていることが多いのでそれなりに自信のようなものはあったのだが、一方で短期記憶が大変なことになっている。自分が出したコップを忘れてもう一個同じものを出す。新刊だと思って買った漫画が家の本棚にある。歌のワンフレーズが頭にこびり付いているのに曲名が思い出せない。確認したはずのスケジュールが分からなくなる。一度やったことを忘れてもう一回やろうとする。三分前に言われたことを実行前に忘れる。書き出してみるとさながら病でも患いかけているのかと思われそうだがそういうわけではない。健康ではある。ただただ脳ミソの腕が鈍ってきているだけなのだ。この表現からして既に意味が分からないがきっとそうだ。使わない道具がすぐ壊れるように、芸事を一日休むと挽回に三日かかるように、他人との会話や外出による運動、大勢の雑踏への対処ですらしなくなったことで以前のように頭が回らなくなったのだ。砥がない刃物はすぐ切れなくなる。厭うた不要品を退け続けることすらわたしを刃たらしめる為の研鑽だったのだと、ようやく気付いた。

先週、久しぶりに電車に乗って外出した。朝の車内は以前と変わらず混み合っていて、密閉を避ける為に開けられた窓のせいでいつもよりも騒がしかった。電車を降りてからのいつもの通り道も、人は少ないはずなのになんだか物音ひとつひとつが大きく聴こえた。鬱陶しくて邪魔くさくて、それでも悪い気はしなかった。いつもの場所で会った友人達も変わった様子は無く、久々の再会にしては劇的さの無いものだったがそれでも喜びの妨げにはならなかった。

 

知らぬ間に暗くなるまでの時間もだいぶ延びた。外に出られなくなる直前の3月には真っ暗だった帰路もなんだか明るくて、変に浮き足立ったわたしは、いつも欠かさないイヤホンをせずに歩いた。

 

20200617