消しゴムかけ忘れ

ノートの隅の忘れ物

迷子の春

もう五月も終わろうとしているのはまだ半分ぐらい嘘だと思っている。ここは三月と四月の隙間、さまざまが収まるまで眠りについている四月がいつか目を醒ましたら、そこでようやく春が来る。なんて。こんなに暑いのに。

外に出る機会がめっきり減ってから季節感が分からなくなった。服装に工夫を凝らすこともしなくなったので、その感覚は更に加速している。一日中同じ部屋の同じ電球色の室内灯とPCのブルーライトを浴びて、空かないお腹にご飯を詰めてお風呂に入って気付けば一日は幕を下ろす。

誇れるもののない日々が春を食い散らかしていった。長期休みにやろうとしていたものは全て中途半端な進捗だけを残している。あんなに時間があったのに部屋だってきれいにはならなかった。かといってずっと暇な訳でもないし、絵を描くモチベーションも特に高くない。

唯一触れられる外界は液晶の向こうだけ。友人たちとはメッセージやら通話やらで連絡を取り合ってはいるが、隔てるもの無く話せるのはきっと随分後になるだろう。もうすぐ誕生日の友人に贈るプレゼントはおまけしか用意できていない。節目の年だからきちんとしたものを自分の目で選んで渡したいと思っていたのだけど、少し無理そうだ。

代わりにと言ってはなんだが、家にいる時間は圧倒的に長くなったので、音楽をたくさん聴くようになった。いつも電車に揺られているときには、疲れていたり周りが騒がしかったり時間制限があったりで聴く音楽の冒険をする余裕は無かったのだけど、家の中なら外の喧騒を気にする必要は無いし、歌詞もきちんと読めるからいい機会だと思って色んな音に手を出してみた。知ったフリをしていたバンドも、名前だけ知っているアーティストも、売れた一曲しか知らないアイドルグループも、たくさん聴いた。気に入る曲には案外垣根が無いことを知った。MVも真剣に観たりした。iPhoneの電池の減りは早くなった。

なんだかんだと文句を垂れながら、制約の中でなんとか楽しみを見出そうとはしているらしい。防衛本能か、それともお得意の飽き性だろうか。

世界は決して元には戻らないだろうが、時計は回り続ける。そもそも右にしか進まない世界で過去と同じことを求めたところでどうしようもない、くらいには考えが落ち着いてきてしまっている。だからそんなどうしようもない世界で、迷子になっている春が戻ってきますようにと祈って生きるしかない。死に損ないの独り言。

 

20200527