消しゴムかけ忘れ

ノートの隅の忘れ物

勝手によーいどんの号砲を鳴らされただけの

長生きして叶えたいものが増えていくのと同じようなスピードで、わたしは大人になる前に死ぬのだと考えていた。なんの根拠もない仮説には何故だか確信があった。ずっと「ここに車が来たらわたしは死ぬな」やら「すれ違う人の中に凶器を持っている人がいれば狙われて死ぬな」やら、無意識に脳裏にチラつく癖があった。どんなきっかけでも、何が原因でも、きっとすぐに幕が降ろされる想定でもって生きながらえてきた。

それでもわたしは大人になってしまった。五体満足、なんの怪我も病気もせず、精神以外はすこぶる健康体のままでこの地に立っている。幸せなのだと思う。日頃よくしてもらっている人間たちから改めて祝福を受けられるこの日がずっと好きだったのはそのあたたかさに生かされていたからだ。存在を無条件に許される1日の記憶で1年を生きる。きっとこれからも。

いつも何もできない人間なのだと劣等を抱えて目を醒ます。今日も何も出来なかったと失望して目を閉じる。「わたしらしさ」の確立はきっと一生かかっても出来ない。何者かにはなれない。それでもきっと歩くしかない。勝手に開始の合図を撃たれただけの何かが「何か」になるまでは、全てが道中だ。

 

初めて飲んだアルコールはジュースとの区別がつかなかった。それでもじわじわ脳髄と末端に効いていくそれを毒だと言う大人の気持ちは少しだけ分かったような気がした。すぐに寝るからと言ってエアコンを切った部屋は自分ひとりの体温とパソコンの排気熱で息苦しい。

また死に損なってしまう。

 

20200819